大乗寺 円山派デジタルミュージアム
Daijyoji Temple Digital Museum of the Maruyama School
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第5話. 応挙と大乗寺

 行基菩薩が開祖であるといわれる大乗寺であるが、江戸中期になって現在の客殿が再建されている。時代の趨勢からか再建以前はさびれた寺であったようである。密蔵、密英 両上人の努力で現在の寺の姿になったといわれている。大乗寺再建の普請が始まった翌年の天明7年(1787年)に大乗寺の密英上人自身が京都に出かけ、応挙に襖絵の依頼をしている。その時応挙が大乗寺と交わした書簡が発見されており、そこには「棟梁円山応挙、嶋田主計四位元直、蕪村高弟呉月溪(呉春)、応挙門人山本數馬(山本守礼)、同秀権九郎(秀雪亭)、応挙嫡子円山右近(応瑞)」と6人の絵師の名が記されている。当初はこの6名で大乗寺の仕事にとりかかったのだろう。応挙を棟梁としその他の絵師を画工としているところからしても、応挙がプロデューサー的役割であったことが想像できる。嶋田元直は官位をもった応挙の門弟であったという。この花鳥画で当時人気が高かった絵師の絵が、現在の大乗寺に残されていないのは残念なことである。(大乗寺を知る その9を参照) 呉春の名に蕪村高弟と付けていることから、応挙が蕪村を尊敬していたことや、呉春が他の門人と違って、あくまで蕪村の弟子であり応挙門下では客人的な扱いの門人であったことを物語っている。大乗寺には呉春の描いた部屋が二間ある。最初に描いた襖絵は蕪村ふうの文人画であり、7年後に描いた襖絵は応挙の影響の濃いものであるところから、呉春が文人画から応挙の影響下に入り画風を変え、円山四条派と称されるまでの両極が見てとれる貴重な例といわれている。山本守礼はこのとき36歳で呉春とほぼ同年代であり、秀雪亭については詳細不明である。応挙嫡子応瑞は21歳での参加である。
 大乗寺の障壁画制作にあたって、密蔵上人と応挙の間でどのような話があったのかは記録にはないが、大乗寺客殿を宗教的空間ととらえ、立体曼荼羅の障壁画による具現化という構想はどのようにして生れたのだろう。根拠はないが、二人の間でそれほど詰めた話はなかったのではないかと想像する。話し合いの中身はどれくらいの画料で描いてくれるかが主題であったのかもしれない。大乗寺再建に取り組んでいる密蔵上人の意を汲み応挙が構想を練りプランを立てたのではないか。大乗寺客殿の図面を眺めながら応挙の頭の中に立体曼荼羅として宗教的空間を構築するアイデアが浮かんだのかもしれない。装飾的な襖絵として満足させながらも、その裏に宗教的意味を隠しもたせ、それぞれの部屋ごとのテーマとなる画題を決め、絵師に部屋を割り振っていったのだろう。
 客殿はその名の通り客を招くための施設であるがどの寺にもあるというものではないようだ。滋賀県の園城寺(三井寺)には初期の書院造りの典型であるとされる2つの客殿があるが、皇族を招くための施設でありいずれも絢爛な障壁画が描かれている。大乗寺の客殿はどのような役割をもっていたのだろうか?大乗寺の客殿は地方の寺としては大きいものであり、高野山金剛峰寺の縮小版となっているという。「山水の間」の構造(※1)などからの想像であるが、かなりの高位の人が定期的に訪れたのではないかと思われる。大乗寺の立地は当時出石藩の西のはずれにあり、天領や他藩のトビ地などもあって、公には微妙な地域であったという。そのためにも会合場所として身分の高い人の来訪にも備えた施設が必要であったのではないだろうか。しかし、大乗寺客殿は出石藩に頼ることなく、周辺の7カ村の協力で再建にあたったという。それにしても当時都で最も売れている絵師である応挙に寺の障壁画を依頼するについては、地方の寺としてのたいへんな決断であったであろう。それとも一部の話として伝わる応挙が幼いころ大乗寺の世話になった恩返し説が根拠なのであろうか。
 再建され応挙一門の絵が収められた客殿はその規模と建物の構造と応挙の絵画による構成プランが一致して一大宗教的空間を構成するのである。様々の経緯から全ての絵が収められるまでに8年の歳月を要している。また再建当初の客殿には現存していない部屋がいくつかあり、それらの部屋にも障壁画が施されていたと思われ、部屋とともに絵も消失してしまっているのは残念なことである。(大乗寺を知る その9を参照)

※1 大乗寺客殿には一段高くなった上座が設けられ、上座へは鯉の間から入っていくことができ、鯉の間は高位な人物の控えの間としての役割をもっている。また上座の裏側に位置する藤の間は異変時に備えた武者が控える「武者隠し」の機能をもっている。
応挙書簡
応挙書簡


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応挙のお話

第1話. 穴太村に生れる
第2話. 尾張屋勘兵衛とレンズ
第3話. 応挙と博物学
第4話. 応挙のアトリエ制作と現場空間へのこだわり
第5話. 応挙と大乗寺
第6話. 同じ絵を二度描いた応挙
第7話. 応挙没

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